2006年8月28日 (月)

1ヶ月検診&お宮参り

誕生してはや1ヶ月を過ぎたので、1ヶ月検診へ。何も問題がなさそうだったので妻と義理の母にお願いしたのだが、何も問題ないとのこと。よしよし。これで夜泣きが無ければなあ。産まれてすぐはほとんど泣かなかったのに、最近は夜中に2-3時間ほど泣き続けたりする。おかげで生活のリズムが不規則だよ。

そして、週末はお宮参りへ。母の手縫いの祝い着でおめかししてお祓いをしてもらう。妻と娘はまだ実家にいるので、実家近くのお寺へ。お宮参りは神社へ行くものだと思っていたが、妻の実家の地域ではお寺にお参りするのが一般的らしい。

その日は両家の両親と、また別の日には妻の親戚一同と顔を合わせたわけだが、いつもはぐずっている娘もどういう訳か人前ではすこぶるおとなしい。おかげで「とてもいい子」との評判を手に入れたようだ。お願いだからパパの前でもおとなしくしていてくれ。まあ週末しか会わないのでまだマシな方ではあるが。

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2006年8月24日 (木)

夏休み八ヶ岳山麓紀行(2,3日目)

2日目は清里へ。まずは美し森で軽く展望台まで歩く。どうも以前に妻と来ていたようだが、すっかり忘れていた。どうも私はこういうことに関しては忘れっぽいたちのようで、いつも妻に怒られるのだが、今回はどうも妻も忘れていたようだ。ブログに書いておけば備忘録代わりになるだろうと思って書いている。

展望台からはチーズケーキを食べるためにもう少し歩く。だが、ホテルの喫茶室で出てきたのは少し凍った感じのシャリシャリ感があるものだった。なんだかちょっとがっかり。

リベンジのため、今度はソフトクリームで有名な清泉寮へ。混雑時には行列ができると言われているが、私が買ったときは並ぶほどではなかった。こっちはさすがに並ぶだけあって美味であった。

次は清里駅近辺でレンタサイクルを借り、サイクリング。サイクリングとは言っても、わずか2kmそこそこの距離で400mの高低差がある激烈な上り坂をひたすら登るという自虐的なものだった。正直疲れたよ。まあ毎日の自転車通勤が功を奏してトップ到着だったが。帰りは帰りでスピードが出すぎて怖かったし。

レンタサイクルを返却した後は帰京する友人を送りに小淵沢駅へ。特急が止まり、いろいろなスポットを擁する駅なので、都会的な駅を想定していたが、意外に田舎っぽい駅なのでびっくり。

友人を送った後はリゾナーレでランチ、ウィンドウショッピング、そしてカフェ。なるほど、都会的でかつリゾートな感じだが、なんとなくバブルの雰囲気が残るのは気のせいか。

最後はアウトレットモールへ。昼間はだいぶ混雑するそうだが、夕方に行ったせいかそれほど混んではいなかった。そんなに大きくはないが、緑がふんだんに存在して雰囲気はいい感じであった。

3日目は1日目にも行った八ヶ岳自然文化園でマレットゴルフ。最後まで競っていたけど最終ホールで負けてしまった。

なんだかこうやって書いていると競ってばかりだな。高校からのつきあいだが、いつもこんな感じだなあ。

なんにせよ、楽しい夏休みであった。

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2006年8月21日 (月)

夏休み八ヶ岳山麓紀行(1日目)

先週は夏休みをとって友人たちと八ヶ岳周辺へ。妻と子どもはお留守番。

昼前に集合して茅野駅前で蕎麦を食べる。混んでいてなかなか出てこなかったが美味であった。

ペンションに移動した後、八ヶ岳自然文化園へ。高原だけあって晴れているのにそこそこ涼しい。まずはプラネタリウムを観ることに。疲れていたのか、爆睡してしまった。

次はグレステンスキーに挑戦。要は前後に車輪のついたスキーだ。これまでのグラススキーなんかは横滑りがなくて感覚が通常のスキーと違っていたらしいが、このスキーはプルーク(ハの字)も一応出来て、割と通常のスキーに近い感じ。ただ、スピード耐性はあまりなくて、スピードを出した状態でハの字にしたら引っかかりを失って転倒、アゴに擦り傷を負ってしまった。友人たちも経験者揃いだけあって、なかなか上手に滑っていた。

1時間ちょっとしたところで疲れてきたので、宿へ。バーベキューの食事を取った後、温泉「もみの湯」へ。泉質はなかなか良いし、料金も安い(17時以降は300円)なので、かなりトクした気分だ。

ペンションに戻ったら、食堂では懐メロが歌われている。どうやらこのペンションのマスターがそれ系の人らしい。奥さんもピアノを弾いていた。お客さんも年配の方が多く、みんなで歌っていた。雰囲気は、どうもカラオケ大会と言うよりは歌声喫茶といった雰囲気だ。若輩者の我々はそれをBGMにしながら、別室で恒例のカタン大会へ。友人同士が集まるとたいていこれをやる。3戦して1勝も出来ず。残念。

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2006年7月18日 (火)

出張中・・・

出張とは言っても、お仕事しているわけではなく、単に環境ホルモン濫訴事件:中西応援団におじゃましているだけ。意外に(でもないか)話が伸びているので、更新がままならなくなっています。ご容赦を。

娘の方は順調です。週末一緒にいたけれど、日ごとに成長がわかる。すごいね。

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2006年7月 9日 (日)

第一子誕生

昨日無事に第一子が誕生した。女の子だ。

一昨日破水があって入院。昨日の午前3時頃から定期的な陣痛があり、昼前に出産だった。初産にしては安産だったそうだ。

母親の方は下腹部を痛がっているが、基本的に元気。

赤ちゃんの方は、最初見たときは頭がルチ将軍みたいになっていてちょっと驚き。変形するとは聞いていたがやはり実物を見ると驚く。時間がたつにつれてだんだんふつうの形に戻っているようだ。産まれてすぐだとサルっぽい顔をしているもんだと思っていたけど、なかなか整った顔立ちをしていてかわいい(親バカ)。

赤ちゃんの顔は日に日に変わっていくと言うが、どう変わっていくか楽しみだ。

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2006年6月28日 (水)

親父から手紙が来た

昨日うちの父親から手紙が届いた。

住民票などの事務書類の送付が主目的だったのだが、その中に挨拶文があり、妻の名前も書かれていた

妻の漢字ひとつも合ってねえじゃん!

たとえば絵里香が恵理佳になってた、みたいな感じ。

一文字一漢字なので昔からよく間違えられていたようだが、ひとつも合ってないってのはなかなかないようだ。しかも間違えたのが義理の父親かよ。

ひょっとしてすでにけっこうヤバいのか・・・?

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2006年6月22日 (木)

当ブログがるいネットで紹介された

たまに自分のHNでググったりしているが、たまに「おや?」というところがひっかかったりする。

今回はるいネットのブログ紹介のページがひっかかった。

懐かしい名だ。知っている人はしっているだろう。知らない人は、おそらく覚える必要はない。

簡単な紹介文が付いているので紹介する。

環境問題に関して考察するブログ。落ち着いた語り口に好感がもてる。

褒めていただいて恐縮だが、紹介者はおそらく私の暗黒面を知らないのだろう。もちろん知らないのは紹介者の落ち度ではない。

今のところ投票者数は0で、得点も0だ。

得点が上がって欲しいと願うべきなのか、少々複雑。

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2006年6月 9日 (金)

ポスドクは大学教授

うちのボスがポスドクを募集したところ、なんと大学教授が応募してきたらしい。常識的にはありえない展開なので事情を聞いたところ、大学とケンカして辞めちゃったとのこと。いったい何があったんだろう?しかも手続き上私が雇い主で指導をすることになるらしい。書類上のこととはいえ、一回り以上も上の、しかも社会的立場も上だった人物が部下になるってのはなんともやりづらいことだ。これからどうなることやら。

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2006年6月 8日 (木)

胎教:我が家の場合(2)

まあそんなわけで、帰宅後は毎日音楽を聴かせているわけだが、最近妻からのツッコミが入るようになった。

妻「いくら音楽が胎教にいいとはいえ毎日スパロボパワプロのBGMばかり聞かせるのはどうか」

hechiko「いやいやそんなことはない。どんな音楽であれ刺激は赤ちゃんにいいはずだ」

妻「胎教にはモーツァルトが良く、ロックなどは良くないと聞くが」

hechiko「それは通説ではないのか。エビデンスはあるのか。」

妻「いろいろなところで紹介されているが。ていうか自分が遊びたいだけだろ」

むう。仕方がないのでモーツァルトのCDを探すことに。

その結果出てきたのはこの1枚のみ。

モーツァルトがいいとはいえ胎教にレクイエムってのはいかがなものか。それならばまだゲーム音楽の方が良さそうだ。かといってわざわざ胎教用のCDを買うのもなあ、なんて思っていたら、妻が図書館からCDを借りてきていた。

それではゲームをする口実がなるほどその手があったか。

そんなわけで自宅ではモーツァルトの音楽が流れている。

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2006年6月 7日 (水)

胎教:我が家の場合(1)

昨日の記事で胎教には科学的根拠が乏しいということを書いた。しかしながら、これは胎教に意味がないとか、胎教を行うべきではないということではないということも書いた。科学的根拠が乏しいというのは、胎教を行っても効果があるかどうかはわからないということであって、胎教を行っても効果がないということではないからだ。ひょっとしたら実は効果があるかもしれないし、その効果に対する科学的検証が行われて効果があると判断されるかもしれない。確実な予測が成り立たない以上、どうするかはギャンブル的要素を含むことになる。ただし、ギャンブルとは言ってもできるだけ期待値が高い方に賭けたいので、これまで得られた情報を最大限に活用して判断するということになる。今回は我が家の事例を紹介しよう。

まず判断する要素とそれに対する評価を列記しよう。

1.胎教の効果がどの程度見込めるか

ここでいう胎教の効果とは、胎教を行うことによって脳の発達など、胎児に良い影響がみられるかどうかを指す。胎児が影響を受けるのだから、胎児の五感が胎教による刺激を受け取ることができなければならない。胎教に関係ありそうなのは視覚、聴覚、触覚だ。視覚は明るさを感じるくらいはできるようだが、物を識別したりはできそうにない。「お腹の赤ちゃんは外の景色を見ることができるのではないか」ってのはありそうにもない。聴覚は妊娠後期には完成に近い形をとるようだ。ただ人の声を言語として認識するってのは難しいだろう。声色を覚えていたりはするかもしれないが。英語を聞かせると英語耳ができるってのはかなり怪しいように思う。おなかを叩いたりすることによる触覚の刺激はあるのかもしれない。ただ、それが教育につながるかどうかは少々怪しい。まとめると、音楽や話しかけによって聴覚が刺激されて脳の発達を促すってのはひょっとしたらあるかもしれない、といったところか。

2.胎教にかかるコストはどの程度か

一般的なのは胎教用CDあたりか。既に持っている音楽ならほとんど金銭的コストはかからない。時間的コストは結構かかるが、妻はヒマそうなのでよしとする。

3.胎教にかかるリスクはどの程度か

よほど変なことをしない限りリスクはほとんどないように思える。

4.副次的な効果はあるか

子どもとコミュニケーションがとれる(気になる)。子どもがいるという実感がわく。

といったところか。

総合的に考えると、正直あまり効果は期待できないけれど、別にお金がかかるわけではないし(お金がかかるのはやらない)、リスクもなさそうだし、なにより反応があるような場合はおもしろいので、適度に音楽を聴かせたり話しかけたり叩いて反応を見たりということをやっている。個人的な感触では、胎教は子どものためというよりも、親のための行為という面が大きいような気がしている。

(2006/6/29追記:理論に対する確からしさの判断は数少ない情報に基づく個人的な判断であり、専門領域における実情をあらわしていない可能性があります。)

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