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2006年6月20日 (火)

槌田敦「CO2温暖化説は間違っている」を読む(1)

昨日読了した槌田敦「CO2温暖化説は間違っている」のレビューを行う。

さて、まずは著者のプロフィールから見てみよう。

学歴、職歴はどうでもいいので略。中西準子氏によれば「(かつて)所謂市民派研究者の代表的な人で、エントロピー学会の創設者の一人」だそうだ。真に市民派かどうかは不明だが、エントロピー学会については本の中に以下の記述があった。

 エントロピー学会という学会がある。私はこの学会の発起人のひとりであるが、その学会の編集する論文集に投稿した私の論文について、このCO2温暖化とフロンに関する部分の削除が要請された。このような自由に意見のいえないような学会の設立を提案した覚えはないので、原稿を取り下げ、即刻脱会した。

p137

だそうで、既にエントロピー学会とは縁を切っているようだ。しかし、論文の一部に対する削除要請や論文そのものの却下なんて普通にある話のはずなんだが、その原因を自分の論文の拙さに求めるのではなく、学会の体質にしてしまうあたりがトンデモさんの面目躍如と言ったところか。

槌田敦氏の主張を簡単にまとめると、「地球は温暖化しているが、その原因はCO2ではない。原因は他にあり、CO2は温暖化の結果として増えているに過ぎない」ということになる。それは地球温暖化理論とそれへの批判の論理的構図の2-1-4.「二酸化炭素等のガスの増加分の多くは人間活動によるものである。」への批判を主とする。他にもあるが、槌田論のキモは(トンデモ的にはともかく、科学的には)この部分にあると言っていいだろう。最初から槌田論のおかしなところを逐一挙げていくときりがないので、この部分を中心に読んでいくことにする。

槌田敦が認める気温とCO2濃度変動

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まず冒頭で槌田敦は

人々は、世界各地で昔に比べてだんだん暖かくなっていると感じている。この地球の温暖化は、例外がないわけではないが、多数の測定結果からして「事実」と考えてよいと思う。

p12

と、最近の温暖化傾向そのものを認めている。また同様に、図表1-2で最近の気温測定値を出して「各地で気温上昇の傾向があることについては認めてもよいであろう」としている。

また、図表1-1でキーリングがハワイで測定したCO2の濃度のグラフを出し、CO2濃度が上昇していることも認めている。

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つまり、大気中のCO2濃度と気温の変動に関しては認めているということになる。

化石燃料の消費量に噛みつく槌田敦

珍説はここから始まる。図表1-3は化石燃料の消費と観測された大気中のCO2濃度を示したものだ。図中の点で描かれたものがマウナロアで観測された大気中のCO2濃度(季節変動を除いたものであろう)で、滑らかな線で描かれたものが化石燃料の燃焼とセメントの製造によるCO2排出量の58%が大気中にとどまった場合の積算量である。p25の図の説明には「この図表では不連続な点で書かれているのが平均気温であって」と書かれているが、大気中のCO2濃度のまちがいであろう。本文中では正しく説明されている。

13
この図では化石燃料によるCO2積算量が滑らかに増加しているのが見て取れるが、これを「とんでもない間違い」として激しく批判する。この批判がまたいい味を出している。

 ところで、【図表1-3には、とんでもない間違いが存在する。それは化石燃料とセメント産業から放出される(以後化石燃料由来と呼ぶ)CO2濃度が滑らかに増加する曲線で示されていることである。しかし、経済活動には浮き沈みがあり、そのような滑らかで単調に増加する曲線で変化をするはずがない(槌田 2005年)。経済学者・宇沢弘文は気象学者キーリングにだまされたのである。

p26

なんともすごい批判だ。キーリングがデータをねつ造したと言わんばかりだ。でも、多少の浮き沈みがあってもそんなに曲線に変化があるとは思えないけど?

続けて槌田は経済活動に浮き沈みがあることをIPCCのデータで示す。

14_2

化石燃料の燃焼とセメント産業から放出されるCO2は、1980年まではほぼ単調に増加したが、1980年以後この放出は鈍化し、部分的には減少さえしているのである。

p26

いやだからCO2の放出が鈍化しようが多少減少しようがCO2濃度が滑らかで単調に増加する曲線に変わりがあるとは思えませんが?

そもそも図表1-3で示されている滑らかな線は化石燃料由来のCO2の積算量だから、化石燃料由来の排出が存在する限り上昇することになる。図1を見てもらえばわかると思うが、年間排出量が前年と変わらなくても積算排出量=CO2濃度はどんどん増えていくのだ。

Co2_1
まだ納得しない方のために、実際に図表1-4で示されている化石燃料由来のCO2の年間排出量のデータをもとに積算排出量をプロットしたグラフ(図2)をお見せする。槌田に言わせればこの曲線は「滑らかで単調に増加する曲線」のはずがないということになる。誰か同意する人っている?また、キーリングのグラフ(図表1-3)と比較してもらいたい。私には違いが全くわからなかった。これも槌田先生の心眼にかかればキーリングのグラフはとんでもなく間違っているように見えるんだろうなあ。

もうおわかりだと思うが、槌田敦はCO2の年間排出量と積算排出量から見積もられるCO2濃度という比較してはいけないものを比較しちゃっているのだ。

2_1
その後も批判はとどまることを知らない。なんと比較してはいけない両者を共に微分してまた比較しているのだ。

 一方、大気中のCO2濃度は、45年間にわたって、その濃度の増大だけでなく、その毎年の増加量も増大しつづけている。【図表1-5】に示すように、年平均増分は、1960年では0.8ppm/年程度であったが、1980年では1.3ppm/年程度、1990年では1.55ppm/年程度、2000年では1.8ppm/年程度とその増加はますます激しくなっている。

 このように大気中のCO2濃度だけでなく、その増分も波打ちながらではあるが、増大をつづけている。これに対して、【図表1-4】に示される化石燃料の毎年の使用量は、1960年から1980年までの20年間には24億トンから52億トンへと28億トン、年あたり1.4億トン増加している。しかし、1980年から1990年までの10年間には52億トンから59億トンと7億トンで、年あたり0.7億トンしか増加していない。1990年から2000年まではさらに減っている。

 つまり、大気中のCO2濃度は人間の排出するCO2とは関係がないのである。

p27-28

15
おいおい、大気中のCO2濃度の増分と化石燃料の年間排出量の増分を比較してどうすんの?当然のことだが、比較してはいけない両者を共に微分して比較しても合うわけはない。比較すべきなのは、大気中のCO2濃度の増分と化石燃料の年間排出量(の増分ではなく)だ。つまり、図表1-4と1-5の比較をすればいいことになる。大まかに見れば両方とも右肩上がりで、傾向としては一致している。1980年以降のCO2の年間排出量の伸びが鈍っている部分が反映されていないという反論があるかもしれないが、これだけ波打っているグラフではそこまで反映されることは期待できないし、そもそも大気中のCO2濃度は化石燃料の排出量だけで決まるわけではない。このあたりはまた後日説明することにする。

しかしまあ、こういった証拠で

 最近になって、一部のマスコミなどで疑問をはさむ論調も見受けられるが、あくまで「疑問調」である。断定を怖がってのおよび腰では、いつまでたっても気象学者や経済学者は真実を語らないだろう。

p30

とか

 あらためて断るまでもないが、私はCO2温暖化説に対して、「懐疑派」ではない。あくまで「否定派」である。

p138

とか言い切ってしまえるのはなんともはや、あっぱれと言うべきか。槌田敦イズム全開だ。

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コメント

ひさしぶりにコメントします。
私も槌田氏と同じように、自分のブログにトンデモ説を書いています。私も地球温暖化のCO2原因説を否定しています。けれどhechikoさんの槌田氏批判には同意します。あくまで、この記事内の記述に限りますが。
私のCO2原因説批判は簡単です。前にも言いましたが、過去100万年のCO2の増減をどう説明するの? ということです。

ところで、こんな本が出ました。

http://env01.cool.ne.jp/sinnkannsyoukai.htm

ところで、以前自分のブログに「hechikoさんのヤフー掲示板の議論について」感想を書いたことが有ります。最近その感想にアクセスが増えて困りました。スパム・コメントとスパム・トラックバックが多く来たのです。現在は、その感想のページだけ書き込みを禁止にしています。
hechikoさんに責任を取れとかいうことでは全くなく、正々堂々ととした議論を回避し、陰湿な攻撃をする人が多い!という感想を言いたいだけです。掲示板の議論のマナーについては言いたいことだらけなのですが、スパム攻撃には勝てません。

投稿: おおくぼ | 2006年6月29日 (木) 00時06分

こんにちは。

>過去100万年のCO2の増減をどう説明するの?

これが説明できないとなにかCO2原因説に不都合でも出るのでしょうか。よくわかりません。

投稿: hechiko | 2006年6月29日 (木) 20時36分

この議論は前にしたと思いますけど。hechikoさんは説明する必要は無いという立場ですね。確かに説明する必要ないという立場も十分に有りです。私の批判は、IPCCに対して的ハズレで有るということは判ってます。

私が「過去100万年のCO2の増減」の説明が必要だと考える理由は、地球温暖化は自然現象では? ということです。
過去に100万年の間に何度も地球は温暖化と寒冷化を繰り返しています。化石燃料の大量使用とは無関係にです。だから今回の地球温暖化も、そのパターンでは? ということです。

それに対し予防原則を前提に語るならば、私の批判は無効です。今の地球温暖化は人間が原因の可能性が有る。そして、その可能性は否定はできません。
でも私は予防原則を前提で語っていません。だから私の批判は的ハズレになります。

投稿: おおくぼ | 2006年6月29日 (木) 23時19分

必要は無いとは言いませんが、このメカニズムの解明は必要不可欠ではないと思います。
自然現象かどうか、という意味ならば「過去100万年のCO2の増減」は間違いなく自然現象によるものでしょう。ただし、だからといって今回の温暖化が自然現象であることの証拠にはならないし、CO2原因説に不都合が起きるわけでもありません。(2)で説明したように、現在のCO2濃度変動を自然現象のみで説明するのは無理です。過去のCO2濃度変動は自然現象ですが、現在のCO2濃度変動は主に人間活動によるものです。
予防原則を前提にしようがしまいがおおくぼさんの批判は無効です。
もし現在のCO2濃度変動が自然現象によるものだと言うのならば、化石燃料由来のCO2がどこへ行ったのか説明してください。

投稿: hechiko | 2006年6月30日 (金) 18時00分

私自身は自分の批判がIPCCの専門家に対し無効だと考えていますが、hechikoさんが考えている理由と違うようなので、もう少し説明します。
前の議論の蒸し返しのような気がしますが、お互いに意思疎通ができていないので繰り返します。
最初に誤解ないように言いますと、私は議論の勝ち負けを目指していません。不明な部分を明快にさせようと考えているだけです。だから気に要らなければ、私の意見に同意する必要はありません。

「現在のCO2濃度変動を自然現象のみで説明するのは無理です。」これには同意します。でも人工のCO2の割合は少ないと思っています。それに対し以前haechikoさんから人口のCO2のフローの量は少なくても、ストックの量は多いという反論をいただきました。それに対しては、ストックの量も問題にする割合ではないと考えています。以下が理由です。

温暖期と寒冷期では自然のCO2の排出量が違います。温暖期の方が多いです。大きな温暖化は1万2千年前の氷期の終わりから始まっています。だから1万2千年分のストックがある状態です。でも、そのCO2が地球温暖化を主原因とは言える根拠は弱いと思います。

また過去2千年の木の年輪を見ると太陽の温度変化が影響を与えていることが判ります。CO2が与える影響と太陽が与える影響はどちらが大きいかは自明だと思いますが。

また自然のCO2の増減は温暖化の結果だと考えています。そしてCO2が地球温暖化する力は0ではないですが、小さいと思います。金星ならいざ知らず、地球での割合は約0.035%です。その割合は1億年ぐらい変わっていません。

また人工によって排出した気体は多くあると思いますが、その中で人工によって排出したCO2が地球温暖化の主な原因と言う強い根拠は有るのでしょうか?他の気体の温暖化の影響と分けて測定するのは困難だと思いますが?また気体以外にも人口の増加が原因で温暖化する影響も有ると思いますが、特にヒート・アイランド現象など。

最後に私の説はIPCCの専門家は否定しないと思います。けれど彼らは、現在の地球温暖化が人間が原因であるかもしれないという疑惑があるので研究していると思います。実際には地球温暖化の原因は不明な点が多いというか、決定的な部分が不明だと思います。そして1番の問題は、予防原則をこの場合適応すべきかどうかだと思います。

投稿: おおくぼ | 2006年6月30日 (金) 22時09分

>温暖期と寒冷期では自然のCO2の排出量が違います。温暖期の方が多いです。

仮にそうだとして、その変動はどの程度なのでしょうか。過去のデータからおおよその値が推定できるはずです。以前ヒントとなるデータを提示したはずですが、まだ計算していないのでしょうか。私は計算しましたが、それでは現在のCO2の濃度変動は説明できないという結果を得ています。

>また過去2千年の木の年輪を見ると太陽の温度変化が影響を与えていることが判ります。CO2が与える影響と太陽が与える影響はどちらが大きいかは自明だと思いますが。

年輪からわかるのは「(主に)化石燃料由来のCO2がなかった時代の気候変動」です。化石燃料由来のCO2がなかった時代に太陽が与える影響が大きいのは自明ですね。誰もその時代にCO2が気候に影響を与えていたなんてことは言っていません。

>そしてCO2が地球温暖化する力は0ではないですが、小さいと思います。金星ならいざ知らず、地球での割合は約0.035%です。その割合は1億年ぐらい変わっていません。

比較対照の提示なしに「小さい」と言われても同意のしようがありません。

>また人工によって排出した気体は多くあると思いますが、その中で人工によって排出したCO2が地球温暖化の主な原因と言う強い根拠は有るのでしょうか?他の気体の温暖化の影響と分けて測定するのは困難だと思いますが?

赤外光吸収力、濃度、滞留時間をもとにGWPという指標を算出します。つまり、「どの程度赤外光を吸収し」「どのくらいの濃さで」「どの程度の時間とどまるのか」をそれぞれの気体について観測し、影響を及ぼすであろう度合いを比較するわけです。その結果、CO2が最も影響を及ぼすであろうと言われているわけです。
http://www.rite.or.jp/Japanese/kicho/kikaku/now/now43/43_21.pdf

>また気体以外にも人口の増加が原因で温暖化する影響も有ると思いますが、特にヒート・アイランド現象など。

もちろんそれもあります。その問題はすでに切り分けられています。

それから、

>もし現在のCO2濃度変動(の多く)が自然現象によるものだと言うのならば、化石燃料由来のCO2がどこへ行ったのか説明してください。

へのご返事がありません。説明できないということでよろしいでしょうか。CO2濃度変動(の多く)が人為的なものであるとすれば化石燃料由来のCO2がどこへ行ったのか説明は簡単です。どちらがより説得力があるかは自明ですね。

投稿: hechiko | 2006年7月 3日 (月) 19時30分

多くのコメントを読ませて頂いて皆さん真面目に地球を考えています、結構なことです。、人間以外の生物は、ゴミといえる物を排出していませんよね?多かれ少なかれ人間から排出しているものは、回収不能で、自然に戻せないですね!
例えば、極論ですが、石油ストーブで煙を出しながら使っているバカはいません。環境を考えるのは、自然ではないか?
科学論の必要性は当然ですが、温暖化は人間と関係ない理論があるのに、大いに疑問を感じます。人が生きている以上ゴミ(あらゆる物)や、回収不能物がでます。
地球環境を理論するのに、懐疑論者の先生の意見が存在しているとしても、自然気象だけの議論でなく、人間の地球に対するい生き方を論じていただきたいものです。

投稿: サトウ  フクジュ | 2006年12月10日 (日) 17時46分

槌田氏のCO2の増加に関する貴殿の以下の批判は非常に初等的な算数論議を自己の都合のいいように使って議論を無理やり否定するという全く中身がないというか幼稚な批判である。

>>槌田に言わせればこの曲線は「滑らかで単調に増加する曲線」のはずがないということになる。誰か同意する人っている?また、キーリングのグラフ(図表1-3)と比較してもらいたい。私には違いが全くわからなかった。これも槌田先生の心眼にかかればキーリングのグラフはとんでもなく間違っているように見えるんだろうなあ。


槌田氏の説を詳細に読めばCO2の増加は社会経済的要因や(火山などの)自然現象の要因(時間的な変動が急峻)よりも海洋温度の変化(時間的な変動が緩慢)による影響の方がはるかに大であるということで、貴殿はまずこのことがまったくわかっていない。
槌田氏のキーリング説に対する批判も基本的にはキーリングのデータには(当然ながら)この切り分けがないので、社会的要因によるCO2の排出のみによる地球の温暖化を疑問視しているのである。
槌田氏の主張は実証的に確認できているわけではない。その面ではあくまで仮説といえるがこれはCO2派も御同様である。、寧ろ氏の主張はCO2派の論拠にない(ヘンリーの法則等)物理法則的に一定の論拠が認められることであり、基礎的な法則に立ち返って氏の主張を充分反論できている人を私は知らない。
むしろ地質学的な過去の地球の気候変動、気温変動の歴史と照らし合わせると温室効果はCO2よりもH2Oの方が多大だとする等々の氏の主張はもっと実証的に研究する価値が充分あると私は思う。
「過去100万年の気温とCO2の増減」等の問題なども太陽活動などの関係において氏の論拠も考慮して充分に検討されるべきで、そうでないとCO2排出犯人説派は科学的にまったくの片手落ちをしていることになってしまう。
またキーリングの研究自体は多大な労作であり世に地球温暖化問題を提起したことは偉業であることは疑いないが、いわゆる”キーリング説”なるものがいささか一人歩きというか政治的に利用されて科学的な根拠が充分ないまま拡大解釈されているのはまぎれもない事実である。

投稿: 奔王 | 2008年5月 2日 (金) 17時04分

ぶたくん@懐疑派です。

懐疑派でも

>「現在のCO2濃度変動を自然現象のみで説明するのは無理です。」これには同意します

という意見。でも、ちょっと待ってください。

アイスコアから測定されたMAX約300ppmと大気中のCO2を直接測定した(過去に例がない)約400ppm

それこそ、比較してはいけないものを比較してませんか?
アイスコアのデータ、高周波成分は消えてしまっているはずです。(降り積もった雪が何千年、何万年もかかって圧縮されてできたアイスコアですよね)

あと数万年してできた2000年部分ののアイスコアはきっと300ppm位のピークを示すんじゃないのでしょうか?

逆に、このあたりをしっかりやれば懐疑派に反論できるはず。(故意や無意識の曲解に基づいた批判はしなくて済む) :)

投稿: ぶたくん | 2008年5月18日 (日) 01時20分

2006年4月18日に槌田敦さんと私は東北大学の明日香氏、気象研究所の吉村氏、海洋研究開発機構の河宮氏を相手にして東京の高千穂大学で公開討論をいたしました。

彼らに対して「海洋と大気間で二酸化炭素が交換される過程の観測の実態を知っているか?」と私は公開討論会会場で質問いたしました。


彼らは「地球表層のCO2の収支に対する疑問はすべて解決してしまっている」と知ったかぶりをいたいたした。いったい彼ら専門学者先生と言われる人がどれだけ本当のCO2観測の実態を知っているのでしょう。

太平洋という広い海洋表層から4000メートルの海底までいったい何個の二酸化炭素測定器を配置してdのくらい長い期間かけて観測したのかを彼ら学者先生方はご存知でしょうか?

1997年から2003年間での間、財団法人地球科学技術総合推進機構における炭素循環のグローバルマッピングとその高度化のための国際共同研究に参加した私の経験にもとづき私は、「二酸化炭素の地球表層における収支(つまり大気に蓄積されたCO2がどれだけ海洋表層に吸収され、それが生物化学物理作用を経て、海水に放出されさらに4000メートルの海底に沈殿するかを定量化することに完全に成功したとはいえない」と主張いたしました。これが槌田敦さんの主張{海洋と大気との間のCO2交換過程の不確実性}を私が支持する理由です。


「観測データが何を表現しているか?」を理解するためには高校や大学初年級の論理学の訓練が必要です。

論理学の訓練を受けていない場合は学者研究者専門家たちでさえ、自らの嘘に騙される(つまり人為的CO2が大気に蓄積して地球の気候が温暖化し人類は不幸になるという迷信を刷り込まされている)と私はおもいます(注)。


暇のある人たちが槌田敦さんの主張の揚げ足取りをするのであれば、御用学者の揚げ足とりも同時に実施し、槌田敦さんと御用学者の違いを比較するべきでしょう。


中本正一朗


注:時間平均をとる期間と統計量の分散値が反比例することは初歩的な知識ですが、このことを忘れている専門家がいます。

また、地球の気温シグナルが自己回帰過程で表現できることは誰でもみとめる事実ですよね。しかし気温データが自己回帰過程で表現できるということは現在のCO2温暖化説を信奉する人たちのデータ解析の根拠を崩します。つまり現実の大気温度データは天気や天候などの微小擾乱が長期の気温変動の原因として出現することを示しているのです。したがって予防原則なんて言うのはそれこそ「ああいえば上祐」なのです。
この件での揚げ足とりのように見える質問は無視いたしますので、くわしくは私のブログで紹介いたします。

投稿: 中本正一朗 | 2008年10月20日 (月) 12時28分

槌田先生も含めて、二酸化炭素温暖化懐疑説の人は、keelingのGeophysical Monograph 55(1989)210,Fig63を引用しますが、グラフの縦軸がCO2濃度変化量がCO2濃度のままで、掲載されています。縦軸の表示をなぜ、訂正しないのでしょうか。また、二酸化炭素濃度変化が数か月にわたりマイナスになることは、keeling等の元データーが理科年表 環境編等で公開されており、間違いであるのに、なぜこのまま表示するのでしょうか。懐疑派の人は、自分でデーターの信憑性を確かめずに、自分に都合の悪いデーターには、信憑性が無いと決め付けるのでしょうか。
hechikoさんの言うとおり、二酸化炭素の増加量と平均気温偏差には直接的な関係はありません。なのに、このデーターを用いて、二酸化炭素濃度が増加するより、温度の上昇が先であると主張し、温暖化により二酸化炭素濃度が増加したと結論づけるのはおかしいと思います。
二酸化炭素濃度の変化量と平均気温の変化量をプロットすると、両者には、真逆の傾向があり、二酸化炭素濃度変化が大きくなると、平均気温の変化量は小さくなります。また、その周期も一定していません。二酸化炭素濃度と平均気温の関係こそが正しい関係だと思います。しかし、実際には、二酸化炭素濃度は、毎年増加していますが、平均気温は上下動を繰り返しています。平均気温を決めるのは、温暖化ガスだけではありません。雲の量や、その年の天候に依存します。また、温暖化ガスからの熱エネルギー、太陽光エネルギーのほとんどのエネルギーは、海水を温めるエネルギーに使われています。当然、海洋からの水蒸気発生の潜熱にも使われます。それらの熱エネルギー量を考えたら、大気を温めるのに必要なエネルギーは、誤差みたいなものだと思います。1年では、誤差程度の量なので、何十年分か累計しないと、温暖化しているか解らないと思います。従って、短期間の温度変化と二酸化炭素濃度が対応していなくて問題ないことだと思います。

投稿: PINOKO | 2008年11月19日 (水) 20時48分

科学とは、現在、信用されている主流の仮説の事ではないのでは?科学とは仮説に基づき実験、検証、観測を行う行為そのものでは?何故皆、もっともらしいグラフや観測データを簡単に信用するんでしょうか?ガリレオが天道説を唱える前から地球は、周っていたのでは?人間の認識を深める科学の挑戦は、未だ端緒に有るのでは、ルネサンスの思想家の一人は、天道説が否定され、地動説が出た時、次なる説が登場すると述べています。科学は、もっとも多くの人たちが信仰する宗教にそっくりだ。病気が治るから信じる。自動車が出来たから便利、そんな理由で科学が深く信仰の対象と化している。何故、新しい仮説にはさらに新しい仮説が登場すると考え無いのか?人類を救うのは、素朴な疑問を徹底して追及する科学の精神で会って、思う科学が存在するのか?信じる科学が存在するのか?皆、目新しい科学の成果を信じ自分で疑問に感じたことを疑わないのか?科学の精神を崩壊させる議論は空しい!人類は輝かしい科学の発展で何を得、何を失ったか?

投稿: やいづのはんじ | 2012年7月26日 (木) 06時37分

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